てごみお 「 Buttercup 」

 

お友達のみおしゃんに宛てたお話です。

 

***

 

 

 

 

人々の瞳に光が宿ったとき、俺のからだは正直に震えた。

 

 

「 Buttercup 」

 

 

 

どこまでも行けると思えるような青い空に大きな入道雲

大好きな夏の終わり、本日はあいにくの雨だった。

 

「なんだよ、せっかく来たのに雨とかさぁ」

「いんじゃね、祐也バレずに済むじゃん」

 

俺はだいぶ不満が顔に出ていたらしい、そんな俺をみて友人たちは笑う。

 

「そんじゃ、“せっかく”なんで楽しみますか!」

「っしゃ、何から攻める?」

「……その前に♡」

 

にやにやと笑う男共に腕を引っ張られ、鞄と共に押し込まれたのは…。

 

「なんかおかしいと思ったんだよ!お前ら異常に荷物でかいからさぁ!!」

「さっすが祐也!!」

「似合っちゃうからすごいよな(笑)」

 

目の端に金髪のウィッグがちらついて思わずはらった、そんな袖はピンク色の、俺は立派なプリンセスだった。

 

「俺アリエルが良かったぁ」

「祐也といえば金髪だろ(笑)」

「ほら、降ってない内に楽しむぞ!」

 

こうして男3人の奇妙なハロウィンは始まったのだった。

 

 

どんよりとした空はなんとか持ちこたえていて、おかげで人の少ない園内は満喫するにもってこいだった。

仮装もあって普段よりテンションの高い友人たちはバテたようで、休憩をすることにした。

 

「ちょ、もう座りたいギブ、」

「なんだよお前ら体力ねぇな」

「祐也よくその格好で元気でいられるな」

「これを着させたのはどいつだよ」

「ちょっと俺なんか食べたい」

「俺もトイレ行ってくるわ」

「仕方ねぇな、…………ん?」

「祐也?」

「ごめん先行ってて、追いかける」

 

 

 

 

 

 

いま走っていった女の子、さっきも見たような…。

あれ、でも、さっきは…一人だったか?

思い返している間にまた近くを走り抜けて、

 

「あっ」

 

べたん!!と音を立てて転んでしまった。

 

「『お姉ちゃん、大丈夫?』」

 

咄嗟に駆け寄ったのは俺と、一人の女性だった。

優しそうな、まんまるの瞳の彼女は『お姉ちゃん立てるかな〜』と朗らかな声でスラスラと続けた。

 

『よぉし、お姉ちゃんえらいね〜!びっくりしたね〜。いたいところないかな?』

 

今にも泣きそうな女の子は握った左手で目のまわりを擦りながら、「いたいところはない」と絞り出すように言った。

 

『そっかそっか。お姉ちゃん、今日は誰と一緒に来たのかな』

 

頼もしい彼女に任せた方が、俺こんな格好だし、良いかなとその場を離れようとして気付いた。

女の子は右手で俺のドレスの裾を、凄い力で握りしめてることを。

 

「オーロラ姫、見てくるねってママに言ったのに、ママいなくなっちゃった」

 

オーロラ姫って俺!?

迷子になってしまった女の子に見覚えがあったのは、きっと何度も俺のことを見に近づいていたからなのだろう。

 

『ママいなくなっちゃったか。それはさみしくなっちゃうね』

 

女の子の右手の握る強さが、俺にも伝わってくる。

 

「お姉ちゃん、オーロラ姫好きなの?…そしたら、“私”がお姉ちゃんをオーロラ姫にしてあげるね」

 

よくもまぁ、友人たちがしっかり用意してくれた仮装一式が役に立つなんて。

 

ティアラを女の子の頭に乗せると、女の子の瞳はたちまちキラキラと輝いた。

 

「あら、小さなオーロラ姫さま。転んでも泣かない君は素敵なプリンセスだもの、ママに会えるまで、がんばれるかな?」

 

女の子は元気に返事をして、そんな女の子の姿を見た彼女もパチパチと拍手をして微笑んでいた。

 

「……ちゃん!!ごめんねママが目を離したから…!!」

「ママー!!」

 

ちょうど女の子はママと再会でき、俺と彼女は安堵の息を吐いた。

 

「すみません、ありがとうございました。あの、娘のティアラはお返し…」

「お母さん、それはもうその子のものです。泣かないでがんばった勲章です」

 

ではお言葉に甘えて。とママさんは女の子に温かなまなざしを向けながら何度かこちらに頭を下げて歩いていった。

 

『素敵なものを見せてもらっちゃいました。』

「あ、いえ、その…、職業柄どうしても口をついちゃうんですよね、なんかクサい台詞とか」

 

ふふふ、と笑う彼女につられて俺も笑顔になる。

 

「お姉さんも、子ども好きなんですか?扱いが慣れてますよね」

『あ、私も前職で子どもさん相手にしてたので』

 

なんか似たようなスキルを使って女の子を助けていたんだなぁ。そんなこともあるんだなぁって。

 

「女の子、良かったですね」

『そうですね。あの子、私とおんなじ名前でした』

「あなたも“……ちゃん”?いやー、なんかおとぎ話みたいですね、偶然がこんなに重なると」

『ですね。…あの、良かったら、ドレス直させてもらえませんか?』

 

ん?と見やると、さっき女の子が握っていたあたりのドレスの縫い目がパックリ開いてしまっていた。

 

『お裁縫道具持ってるので、ベンチまでお願いします』

 

別にどうってことはないとも言えたけど、なんとなくまだ話してみたくて彼女についていくことにした。

 

 

 

 

 

『友達も一緒なんです、気まずかったらごめんなさい』

「あ、あの、言いにくいんだけど……俺、男だけど二人とも大丈夫……?」

『それは大丈夫です。結構前から気づいてたので』

 

なんか、肝が座ってるというか、彼女はここまでの経緯を見てもしっかり者のようだった。お友達さんもにこにこしながら快諾してるし、俺が危ない男だったらどうするんだ?

なんだかだんだん心配になってきて、俺は名乗ることにした。言えば、たぶん彼女たちの歳頃ならわかるだろうと。

 

『ではちょっとスカート部分を右にずらして座ってもらっていいですか?はい、良い感じです。ささっと縫っちゃいますね』

「すみません、こんなことまでしてもらっちゃって。………さん、でしたよね。お名前聞いておいて名乗るの遅れちゃってすみません、俺は、」

『言わないで大丈夫ですよ。…………………祐也さんですよね』

 

彼女の目線はドレスのままに、ふんわり微笑んだ。

 

「あ、結構俺ってわかる見た目してます?」

『いえいえ。さっき女の子の横から見上げたとき、ちょっとそうかな?って思っただけです』

 

くすぐったい気持ちの正体を探すと、気付いたのは“手越”というわかりやすい苗字を避けた彼女の気遣いだった。まわりにバレないようにしてくれているのだ。

 

俺のことを知っている女性は、俺だとわかった途端騒ぎ出したり執拗に追いかけてきたり、そんな子が多いけど。

すべてわかってます、ってこんなに穏やかな笑顔で変わらず接してくれる彼女は何者なんだろう。

 

「針とか糸っていつも持ち歩いてるんですか?」

『まぁ、かなりの確率で(笑)』

「なんか理由とかあるんですか?」

『理由って言われれば…こういうときのためですかね?好きなんです、お洋服つくるのとか』

「それこそハロウィンとか服、つくらないんですか?」

『つくりますよ。毎年ギリギリですけど(笑)今年の分はいま布を集めてるところで』

「へぇー、凄い」

『そんな大したことはできないですよ?でもやっぱり、楽しいので。』

 

『……夢があるじゃないですか。この場所も、キャラクターたちも…大好きなものを、それが好きで集まってきた人と一緒に「好き」って言えるのって良くないですか?それこそさっきの女の子が祐也さんにティアラで力をもらったように。ここでは「好き」って気持ちがあれば、願い事とか、前向きな何かが叶うかもしれないと思ってまして』

 

『ちょっと喋りすぎましたね』と言う彼女の頬は暖かそうに染まっていて、俺は「もう少し聞かせて」と呟いた。

 

『………私、祐也さんの歌、好きですよ。踊りも、演技も、とっても好きです。コンサートで見せる笑顔も大好きです。』

 

 

 

はっ、と息を呑んだ音が小さく響いた。

それは俺の身体から発せられたものと気付くのに少しのタイムラグがあった。

 

「誰の、ファンですか」

 

『……祐也さんです』

 

彼女のまなざしは相変わらず温かでやわらかくて、ふと目が合った瞬間にきらりと光が見えた。

 

とても、綺麗だ。

 

もう少し見ていたい、と思った。

 

ぽかんと見つめる俺を見て彼女は微笑みで一瞥すると、すっと立ち上がり言葉を続けた。

 

『出来上がりです。お時間いただいちゃってすみませんでした』

 

「あっ、いえ…、こちらこそです。ありがとうございます」

 

『それでは、私たちはこれで。』

 

 

そう言うと彼女とお友達はささっと荷物をまとめてアトラクションの方向へと去っていった。

 

あぁ。やってしまった。と思ったのはその背中を見送ったかなり後で、俺らしくない、俺としたことが、と頭を抱えることになった。